Japan Society of Physiological Anthropology
ものづくり研究部会
部会長:井上 馨(北海道大学)
最終更新日 2006.1.17第2回研究会報告へ
はじめに
 2005年1月、「ものづくり研究部会」が発足しました。「ものづくり」はインダストリアルデザインだけに限らず、クラフト、被服、医療器具など、人間生活に関係する「もの」を設計、製作、評価することを意味します。本研究部会ではこの「ものづくり」を生理人類学的視点と手法を用いて、人間の生物学的特性を基盤として再構築することにより、真に人間中心のものづくりをめざします。
生理的多型性とものづくり
 生理的多型性は酸素摂取量などの一般的な生理機能だけでなく、心理反応や日常動作など、ものづくりに関係する様々な場面でみられることが予想されます。ものづくりをする場合、まず各種の生理的多型性を明らかにして、それを基盤に設計や評価をすることが効果的であると考えられます。
近年、ユニバーサルデザインの重要性が認識され、みんなが使える「ものづくり」が推進されています。しかし、一般に「みんな」という集団は大きな多様性を持っています。場合によっては、個人の違いが大きいので、オーダーメイドのものづくりが推奨されることがあります。オーダーメイドは個人にとっては良い結果をもたらすかもしれませんが、コスト、人材、評価法の問題があり、万人に適用することは困難と考えられます。生理的多型性に基づくものづくりは、全体ではなく、また個人でもない、機能的小集団を対象とするので、少数の種類の「もの」を提供することにより、全体をカバーすることができます。このことにより、万人の幸福に寄与する本来の意味でのユニバーサルデザインの実現が期待できます。
三位一体のものづくり
 ものづくりには、使用者、制作者、研究者の三者が綿密に連携して行う三位一体のチームアプローチが理想とされます。幸い、生理人類学会の会員にはこの三者が所属しており、また、一人でそれらを兼ね備えた会員もおります。本研究部会の活動では三位一体のものづくりを目指しています。
ものづくりの生理人類学的評価
 つくられた「もの」は実際に使用して評価をしなければなりません。評価には生理指標、心理指標、パフォーマンスなどありますが、一人の結果では客観的な評価は難しいでしょう。一方、集団全体でみると、その集団が「もの」に適合しているグループと適合していないブループが混在していた場合、正しい評価は得られません。この場合も、適切な指標による生理的多型性に基づいた評価が有効だと思われます。
第1回ものづくり研究部会
 最初の研究部会が福祉機器について、使用者、制作者、生理人類学研究者の三者による研究会が行われました。これから年4回程度の研究部会を予定しています。

テーマ:人間の特性に基づいた車いすづくり
日時:2005年2月21日(月)
場所: 北海道大学医学部保健学科
内容
(1)生理人類学にもとづいた車いすづくりの背景
北海道大学医学部保健学科 井上 馨
(2)脳性麻痺者における車いす使用の問題点
北海道大学医学部保健学科 八田達夫
(3)車いす開発の視点?アクティブ・バランス・シーティング?
北海道立心身障害総合相談所 西村重男
(5)人間の特性に基づいた車いすづくりの方略
フリーディスカッション
これからめざすもの
 本研究部会では、まず使用者、制作者、研究者から現状認識と意見を集約し、どのような機能に対して生理的多型性を調べるか決定します。次に、実験やフィールド調査などを行い、生理的多型性を抽出します。抽出したそれぞれのタイプに合わせた「もの」の設計と制作を行います。この多型性を対象として、環境適応能の数量化を行い、「もの」評価を行います。さらに、全身的協関の視点から、「もの」の与える影響の全人評価を行い、本当にその「もの」が人間の幸福に寄与するか評価するということをめざしています。現時点では工芸、福祉機器、履物、操作機器、木工製品についての活動を開始しますが、対象分野は順次拡大する予定です。
連絡先
代表:井上 馨(北海道大学医学部保健学科)
住所:〒060-0812 札幌市北区北12条西5丁目
電話:011-706-3330
ファックス:011-706-4916
E-mail: kaoru@cme.hokudai.ac.jp

幹事:迫 秀樹(静岡文化芸術大学デザイン学部生産造形学科)
住所:〒430-8533 浜松市野口町1794-1
電話・FAX:053-457-6196
E-mail: sako@suac.ac.jp

幹事:下村義弘(千葉大学大学院工学研究科デザイン科学専攻)
住所:〒263-8522 千葉市稲毛区弥生町1-33
電話・FAX:043-290-3087
E-mail: shimomura@faculty.chiba-u.jp
「第1回研究部会フリーディスカッション」



日本生理人類学会 ものづくり研究部会第2回研究会報告
日 時 2005年12月12日(月)13:30〜16:00
場 所 千葉大学工学系総合研究棟 5階第1会議室
http://www.eng.chiba-u.ac.jp/a_05.html
講師 易 強(いい つよし)先生
(静岡県静岡工業技術センター プロジェクト研究部
ユニバーサルデザイン・福祉技術スタッフ)
題  目 人間中心設計のモノづくりプロセスにおける生理人類学の応用
概  要 筋電図(映像との同時計測)、脳波(P300)、3次元動作計測、ヒューマン・シミュレーション・ソフトウエア、ユーザビリティテスト(行動観察記録プログラムOVSERVANTEYE)などの計測・評価技術を用いて、人の動作、筋力、認知特性を把握して、家具(和室ダイニング座椅子)、家電(浴室用リモコン)、衣服(紙おむつ)、業務用機器(POSシステム)の設計開発の事例を紹介しながら、人間中心設計のモノづくりプロセスにおける生理人類学の応用方法を紹介する。
報  告  易先生のご講演の内容は、生理人類学フィールドで用いられる測定・評価手法をさまざまに駆使して、実際に製品設計に応用された事例紹介に加えて、独自に開発されたユーザプロトコル記録支援アプリケーション(OVSERVANTEYE)や筋電図とビデオの同期解析アプリケーションの紹介なども含まれていました。120ページほどのパワーポイントにより、家具(和室ダイニング座椅子)、家電(浴室用リモコン)、衣服(紙おむつ)、業務用機器(POSシステム)の設計開発の事例によって、人間中心設計のコンセプトにもとづくものづくりのプロセスを、大変わかりやすくご講演いただきました。

 特に和室ダイニング座椅子は、数多くの被験者による筋電図と動作解析手法やシミュレーションを用いた実験から導かれた設計値に基づいて作られており、通信販売による販売総額も1億円を超えるなど、メーカとの共同開発の絶好の成功事例でした。浴室用リモコンでは視認性はもちろん、温度の上下設定を行う際の報知音に原点通知機能(例えば40℃などきりの良い設定になった時に違う音高にする)をつけるなどして、マルチモーダルな視点で開発することで、様々なユーザや使い方にも応じています。その他の事例もみな生理人類学に根差した方法で開発されており、大変意義深い研究会となりました。なお、OVSERVANTEYEは一般の方でも、静岡県静岡工業技術センターのwebサイトからユーザ登録することでダウンロードして利用することができます。この機会にご利用されてみてはいかがでしょうか。

 講演後は休憩をはさんでから先生を囲んでざっくばらんな討論会となりました。そこでは、普段の大会では聞けないような企業との共同開発の話や今後の部会の方針などのつっこんだ議論が、1時間以上続きました。共同開発は企業側と研究機関や大学側のメリットの両方が不可欠ですし、お互いの立場を尊重しなければ実現しません。しかしお互いに様々なニーズとシーズがありますので、今後は今回ご紹介いただいた事例を参考にしながら、本学会でもより活発になっていくものと思われました。

 部会の方向性については、特に本部会は生理人類学の応用的側面を担う部会のひとつとして、活動を活発にしていかなければなりませんし、具体的な形としても残していかなければなりません。講師の先生にお話しいただいてディスカッションする形式に加え、今回の討論会のようにざっくばらんに、それこそ思いつきでもいろいろなものづくりに関するテーマについて話せる場の重要性を、参加者のみなさんが感じておられたようです。今後も続く、ものづくり研究部会の活動にぜひご注目ください。